<< 前のエントリトップページ次のエントリ >>
2011年10月17日

街に飛び出すインターネットとはこういうこと

2年前のことだったろうか、雑誌「宣伝会議」での誌上ディスカッションで、日本大学法学部の湯浅正敏教授がデジタルサイネージを評して指摘されたのが「デジタルサイネージは街に飛び出すインターネットだ」というものだった。それまで頭では理解していたとはいえ、言葉で人に伝えられなかったデジタルサイネージの本質を、広告会社出身のメディアのプロである湯浅教授は見事に言い当てておられた。それ以降、多くに人々がこれを知り、伝え、理解しようと努めてきたのだが、実はわたし自身も含めてその内容の理解が十分であったとは言えなかった。

どうやらそれは、単に理解不足と想像力不足のせいだと最近ようやく気がついた。これまでの理解では、

 「デジタルサイネージはインターネットにつながっているから、これまでのWEB上のコンテンツやビジネスを、パソコンを使えない人や、使えても使えない状況にある人に向けてサービスすること、具体的にはコンテンツの使い回しで、デザインのリメイク」

 くらいに思っていたのだ。この理解は間違いではないが、デジタルサイネージのもう一つの本質である、「時間と場所を特定できる唯一のメディア」という大事な視点が忘れ去られていたのだ。
 
 ではその忘れがちな大事な視点の具体例は、残念ながら日本ではなく、ロンドンのレストランにあったのだ。twitterのタイムラインで見かけたそれは、YouTubeにしっかりと画像が投稿されていた。それを見ただけでもこれはすごい、近未来だと感じることができるのだが、一番重要なことは実際に現地に足を運び、食事をしてみて初めてわかったのだ。


 2010年の秋に、わたしは実際に現地に飛んだ。まず店舗としては日本食をベースとしたアジア料理のレストランである。名前は「inamo」。場所はロンドンのソーホーの中心から3分ほどの距離。2010年末に2店舗目が同じくソーホーに開店するとのこと。全部で50名くらいは収容できるスペースには、すべてのテーブルの天井にさほど高輝度でも高解像度でもないプロジェクタが吊るされており、そこから真下のテーブルに向かって映像が投影される。
 テーブルには右手前にタッチパッドが対面の席それぞれに埋め込まれていて、画面上にあるカーソルをパソコンと同じように操作することができる。まずは私が撮影した動画を見ていただきたい。

 

 


このレストランのテーブルのサイネージは、まず機能としては以下の7つを持っている。

 1 メニュー
 2 注文端末
 3 テーブルクロス(壁紙)
 4 ゲーム
 5 WEBカメラ
 6 映画、劇場情報検索
 7 地下鉄乗り換え案内

 1のメニューはまさに紙のメニューがデジタル化されたもの。映像演出的には実際に選んだ料理が、テーブル上に置かれた皿の上に実物大で表示されるのはなんとも圧巻である。たったこれだけのことで極めてリアルで、楽しくて、それはそれは料理が美味しそうなのである。このメニューという視点では、手書き→印刷→カラー化→写真というメニューの進化の過程において、デジタル化、映像化はまさしく正常進化であると言えるのであって、決して突然新しいことが起こったわけではない。

 2の注文端末の機能は、日本でも居酒屋チェーンなどでよく見られるものだ。本来はウエイターが行う作業を客側にやらせてしまうもので、コストセーブのためのものであって、本来、客にとってはちっとも有難くない機能である。    
しかしinamoの場合は先ほどのメニューの操作の流れでそのままがスムーズに注文できてしまう。この一連の、「料理が皿の上に実物大で現れ、そのまま注文できる」という演出は、レストランという場所を考えればきわめて自然な話である。
 日本のオーダリング端末は、たいてい武骨で重たいタブレット型になっているのだが、あれが食事をする空間においてはどれほど違和感のあるものだったのかは、現場で経験しなくとも容易に想像できることだと思う。当然ながらあのタブレットにどんな情報を表示しようが、広告を出そうが利用はされないし効果が出るわけがないのが痛いほどわかる。一方inamoでは、もてなしの気持ちやエンタテインメント性がしっかりと計算されているのだ。

 3のテーブルクロスはパソコンの壁紙を取り換えるのとまったく同じだ。テーブルには白い布製のテーブルクロスがかけられており、プロジェクターの映像だから好きなデザインに自由に変更できる。ランダムモードにすれば刻々と変化させることもできる。

ちなみにこの布製というのがとても重要で、日本だとたいていは安っぽいビニールで誤魔化してしまうところだが、布の手触りといい質感がとても心地がいいのだ。ハイテクを駆使したレストランテーブルであるからこそ、こういう点には最大限の気配りとバランス感覚が必要だと思う。

 4のゲームは「モグラたたき」のようなシンプルなゲームができるというもので、食事相手がトイレに立ったときなのか、それともデートの最中に会話が途切れてしまったときのつなぎのためなのか、利用シーンがちょっとよくわからなかった。決して本格的なゲームではないのも場所を考えれば当然といえば当然だろう。

 

 そして5から7までで実現されていることが、「街に飛び出すインターネットとはこういうことだ」という素晴らしい具体例である。

 5のWEBカメラはインターネット上ではごくごく当たり前のものである。たいていは富士山などのような有名なポイントのリアルタイム映像か、道路などに設置されているカメラからの渋滞情報などである。しかし、レストランという場所でこれらを見たいとは普通は思わない。ではレストランで見たい映像とは何か。それは厨房の様子である。確かにその通りだ。思い出してみればインターネットの創世記に、大学の研究室のコーヒーポットを学生がリアルタイム中継した話が有名だが、場所と状況に応じて必要な映像は異なる。レストランという場所にWEBカメラを持ち込む場合、そのコンテンツはわずか10メートルも離れていない厨房の様子というわけだ。

 6の映画や劇場検索もネットの世界ではこれまた当たり前である。しかしinamoの場合は、何でも検索できるわけではない。つまり「食事が終わった後はまっすぐ帰るのもいいんだけど、映画なんかどうだい?」というわけで、店から近い映画館のその時間からの最短上映時間と作品内容が表示され、予約も出来てしまう。食事した後は映画だろ? という当たり前の生活が、インターネットとサイネージでスマートに実現できるのだ。WEB上のサービスを街に引っ張り出してくるとはこういうことだ。

 7の地下鉄案内も同様。店から目的地までの検索が可能だ。ちなみに企業のホームページには住所を記載することが多いだろう。地図もある。そして東京あたりだとたいていの人は電車でその会社に訪れる。であれば住所の記載されたところに近くに、出発駅が空欄で、到着駅がその企業の最寄り駅にあらかじめセット検索窓を付ければよいと思う。これはありそうで案外ない。

 これらの検索系のサービスが、レストランのテーブルでできることに対して、こういった反論が聞こえてきそうだ。「そんなものはケータイで、ノートPCでやればいいじゃないか」と。それは違う。確かにわたしも東京ではそうやってきた。でも楽しい食事の最中に、ケータイを取り出すのがスマートだろうか。ましてやノートPCはどうか。これは体験してもらわなければ本当のところはわからない。

 
 話をまとめよう。
 デジタルサイネージは必ず場所が決まっている。その場所がどんな場所なのかをよくよく考えてみるべきだ。そしてその場所においては、既存のインターネット上のどんなサービスを、どのような形で提供したら便利なのか。あるいは逆に、既存のネット上のサービスを、リアルな街に持ってきてビジネスをするならどうなるのかを考えてみたらいかがだろうか。たとえば楽天は、PCやケータイを使えない人や、使えるけれども使えない状況に置かれた人々を、彼らのビジネスから完全に取りこぼしているのではないか。

 なおinamoは、デジタルサイネージレストランであるのだけれど、そもそもレストランとしてのサービスや、料理がとてもすばらしいということを付け加えておきたい。表面だけテクノロジーでいくら飾り付けても、ここまでの楽しさは決して得られることはない。ここは関係者は是非とも一度訪れて体験してみることを強くお勧めする。わたしがそうであったように、映像ではわからない、言葉では伝えきれないものを感じることができる。

*inamo restaurant
   134-136 Wardour Street, Soho, London, W1F 8ZP
     ☎ 020 7851 7051
     http://www.inamo-restaurant.com


   本稿は「デジタルサイネージ白書2011」に寄稿したものを改変したものである。


デジタルメディアコンサルタント
江口 靖二

投稿者:江口at 11:02| 江口靖二の是々非々サイネージ